ここへは・・今回の旅じゃなく・・昨年・・友達と一緒に訪れました。
このホテルを建てたのは・・HOTEL SUNSET VIEWのヒロ子さんのご主人アルジュンです。
場所は・・彼の生まれ故郷・・トゥクチェの近くの・・タサンと云う所です。
ドラギリとニリギリと云う7,8千メーターの山の谷あいに建っています。
谷あいと云っても・・標高2,600ぐらいあると思います。
ここへのアクセスは・・ポカラからフライトでジョムソンに飛び・・後はホテルの車が迎えに来てくれます。
道は・・山道ですが・・車が通れる道が有りますので・・飛行機と車でホテルまで歩かなくても行けます。
歩くのはちょっと・・でも素晴らしい景色を見たいという人には・・絶対お勧めです。。。
本当の意味での別世界を体験できると思いますよ・・・
このホテルのオーナーのアルジュンは・・カトゥマンドゥーにいるより山にいる方が好きみたいです。
彼はどちらかと云うと芸術家タイプなので・・こういう世界の方が・・生き生きとするんでしょ~ね・・・
その彼が・・精魂こめて建てたホテルですので・・ハード、ソフトどちらも素晴らしいと思います。
今はジョムソンから上のモクティナートまで車で行けるそうなので・・歩くのが苦手な人は・・車で足を延ばすのもいいと思います。
モクティナートは・・ヒンデー・ブディズム両方の聖地になっています。
とても幻想的な世界をのぞけると思いますよ。。
今回を持って・・ネパールの旅日記は終わりにしたいと思います。
ネパールでのトレッキングの事や・・ネパールでのいろいろな思い出話は・・又機会がありましたら・・少しづつ書いていきますね。
次からは又・・少しづつ・・チェンライでの日々を紹介していきます・・・
でも・・この前・・一人ぶらりと船で・・ラオスのルアンパバーンに行ってきましたので・・その話も・・すぐ紹介していきますね・・・
ルアンパバーン・・とても素晴らしい所でしたよ。。。
日本を出て早28年、タイに落ち着いて22年経ちます。タイに落ち着く前はネパールのポカラに居を構え6年位アジアを中心に世界を旅してまいりました。タイではパタヤに20年、そして今、北のチェンライに移り住みました。今ここチェンライで旅のガイド及びプランニング、タイ チェンライでのロングステイに関するビザ、医療、介護、住居等のサポートをしております。また、小物、雑貨、衣料品等の仕入れ・買付のお手伝いも手掛けています。それと、ゴルフ場の予約及び送り迎え、ご希望でしたらご一緒にプレイも可能です。 pookchiangrai22@gmail.com
2012年6月25日月曜日
2012年6月12日火曜日
ヒマーラヤの村・・ダンプス・・・
ここまで来れば・・いつでもヒマーラヤを見る事が出来ます。
ロッジのルーフガーデンで・・ヒマーラヤを見ながら食べるブレックファーストは最高です。。。
ダンプスのラジューホテル・・ここのファミリーとの付き合いも長いです。
今は・・ポカラから車でダイレクトで行けちゃいます・・たぶん1時間もかからないと思います。
僕の初めてのトレッキングで・・初日がここダンプスのラジューロッジでした。
たぶん・・今から30年近く前になると思います・・その後・・数えきれないぐらい行っていると思います。
ここの人たちも・・僕の大切なネパールの家族です。
僕には・・ここダンプスと・・ポカラのレイクサイドと・・カトゥマンドゥーにそれぞれ大変お世話になった大切な家族があります。
僕がトレッキングをしてみようと思ったのは・・以前・・チトワンの事を書いた時にちょっと触れたと思うんですが・・チトワンのジャングルで・・ヒマーラヤに助けられて・・そのお礼に・・一度は行ってみようと思ったのがきっかけです。
何の予備知識もなく・・ただ一人ガイドもつけず・・トレッキングマップを持って・・靴は・・コンバースのバスケットシューズを履いて・・アンナプルナのベースキャンプを目指してポカラを出発しました。
その当時は・・ポカラの街まで出てから・・ロシア製のオンボロジープ・・このジープは客が満員にならないと出発しません・・道は・・ガタガタ何ってもんじゃなくて・・ダンプスに行く登り口・・フェディーまで行きます。
そこからいよいよ歩いて・・ダンプスまで登っていきます。
途中・・茶店で何度も休憩を取りながら・・ただひたすら登り続けます。
時間は・・5時間ぐらいかかったように思います。
ネパール人ですと・・2時間ぐらいで登っちゃうんですがね~・・僕は初めてですから・・フーフーいいながらやっとの思いでダンプスにつきました。
着いた目の前が・・ラジューロッジでした。
そしてきいた第一声が・・いらっしゃいませという日本語でして・・いきなりビックリしました。
ここの娘さんで・・インドラというポカラのカレッジに通う子でした。
この娘は・・日本語も上手で・・とてもかわいい娘でしたが・・そのあと数年で・・とつぜん病気で亡くなってしまいました。
ここの家族については・・機会が有りましたらまた詳しく書きます。
その後・・アンナプルナベースキャンプを目指すんですが・・その事も・・機会が有りましたらまた書きます。
朝早く・・部屋を出て・・ダンプスに着いたのが夕方近くだったと思います。
今は車で・・1時間で着いちゃいますから・・ポカラに行く機会が有りましたら・・是非・・ダンプスまで足を延ばして見て下さい。
ダンプスまで足を運べば・・素晴らしいヒマーラヤの山・・アンナプルナとマチャプチャレを見る事が出来ます。
食事も大変美味しく・・お部屋もとても清潔で綺麗ですので・・なんの問題もないと思います。
車で行って一泊して・・帰りは歩いて帰ってくる・・こんな一泊の旅もいいと思いますよ。。。
ロッジのルーフガーデンで・・ヒマーラヤを見ながら食べるブレックファーストは最高です。。。
ダンプスのラジューホテル・・ここのファミリーとの付き合いも長いです。
今は・・ポカラから車でダイレクトで行けちゃいます・・たぶん1時間もかからないと思います。
僕の初めてのトレッキングで・・初日がここダンプスのラジューロッジでした。
たぶん・・今から30年近く前になると思います・・その後・・数えきれないぐらい行っていると思います。
ここの人たちも・・僕の大切なネパールの家族です。
僕には・・ここダンプスと・・ポカラのレイクサイドと・・カトゥマンドゥーにそれぞれ大変お世話になった大切な家族があります。
僕がトレッキングをしてみようと思ったのは・・以前・・チトワンの事を書いた時にちょっと触れたと思うんですが・・チトワンのジャングルで・・ヒマーラヤに助けられて・・そのお礼に・・一度は行ってみようと思ったのがきっかけです。
何の予備知識もなく・・ただ一人ガイドもつけず・・トレッキングマップを持って・・靴は・・コンバースのバスケットシューズを履いて・・アンナプルナのベースキャンプを目指してポカラを出発しました。
その当時は・・ポカラの街まで出てから・・ロシア製のオンボロジープ・・このジープは客が満員にならないと出発しません・・道は・・ガタガタ何ってもんじゃなくて・・ダンプスに行く登り口・・フェディーまで行きます。
そこからいよいよ歩いて・・ダンプスまで登っていきます。
途中・・茶店で何度も休憩を取りながら・・ただひたすら登り続けます。
時間は・・5時間ぐらいかかったように思います。
ネパール人ですと・・2時間ぐらいで登っちゃうんですがね~・・僕は初めてですから・・フーフーいいながらやっとの思いでダンプスにつきました。
着いた目の前が・・ラジューロッジでした。
そしてきいた第一声が・・いらっしゃいませという日本語でして・・いきなりビックリしました。
ここの娘さんで・・インドラというポカラのカレッジに通う子でした。
この娘は・・日本語も上手で・・とてもかわいい娘でしたが・・そのあと数年で・・とつぜん病気で亡くなってしまいました。
ここの家族については・・機会が有りましたらまた詳しく書きます。
その後・・アンナプルナベースキャンプを目指すんですが・・その事も・・機会が有りましたらまた書きます。
朝早く・・部屋を出て・・ダンプスに着いたのが夕方近くだったと思います。
今は車で・・1時間で着いちゃいますから・・ポカラに行く機会が有りましたら・・是非・・ダンプスまで足を延ばして見て下さい。
ダンプスまで足を運べば・・素晴らしいヒマーラヤの山・・アンナプルナとマチャプチャレを見る事が出来ます。
食事も大変美味しく・・お部屋もとても清潔で綺麗ですので・・なんの問題もないと思います。
車で行って一泊して・・帰りは歩いて帰ってくる・・こんな一泊の旅もいいと思いますよ。。。
2012年6月6日水曜日
ポカラの魅力・・・・・
ポカラの魅力・・言葉にするのは・・ちょっと難しいんですが・・空気感がちょっと違う・・そんな感じですかね~・・・
有るのは・・湖と山とヒマーラヤ・・ただそれだけなんですが・・ただそれだけの存在感が・・他とは全然違います。
去年と今年と2年続けて一緒に来ている僕の友達が・・今回初めて来た友達に・・ポカラの空気を吸わせてあげたいって・・云っていたんですが・・その言葉がとても合っていると思います・・ポカラに来てみれば分かる事なんですがね~。。。
1979年に半年ほどアメリカで暮らした事が有ります。
行った目的は・・ニューヨークで暮らして見たかったからです・・ニューヨークを肌で感じたかったからです。
ニューヨークは大都会ですから・・ある程度長く住まなければ・・ちょっと感じることはできません。
その点・・ポカラは・・そんなに長くいなくても感じる事が出来ると思います。
たぶん一週間・・いや・・4,5日でも味わう事が出来ると思います。
自分で云うのもヘンなんですが・・僕はけっこういろんな所を見て来ていますが・・なかなかポカラに勝てる所はないような気がします。
リゾートとしては・・ポカラは究極なんじゃないかと思います。
一度は行って見て下さい。
たぶん人生観が変わるかもしれませんよ。
右の写真・・2階の右角の部屋が・・僕が6年近くお世話になった部屋です。
昔はNirumara・ロッジって云う名前でしたが・・今はロッジを辞めて・・アパートにしているみたいですね・・オーナーは同じなんですが・・昔はこんな色じゃなかったですがね~。
目の前が湖で・・ロケイションは抜群です。
家賃は1年間200ドル・・ちょっと安いでしょ~・・これにはちょっと訳が有りまして・・オーナー(大変お世話になっている方です)に借財を頼まれちゃいました。
その当時の金額で2,000ドルです。
貸すという事は・・かえって来ませんので・・10年間・・部屋を借りると思って・・1年で200ドル・・そんな感じで・・2,000ドル前渡ししました。
実際は・・6年ぐらいしか居ませんでしたが・・その後・・パタヤで暮らすようになっても・・荷物はそのまま置いてありましたので・・十分元は取れたと思います。
ポカラ・・・本当に本当に素晴らしい所ですよ。。。
有るのは・・湖と山とヒマーラヤ・・ただそれだけなんですが・・ただそれだけの存在感が・・他とは全然違います。
去年と今年と2年続けて一緒に来ている僕の友達が・・今回初めて来た友達に・・ポカラの空気を吸わせてあげたいって・・云っていたんですが・・その言葉がとても合っていると思います・・ポカラに来てみれば分かる事なんですがね~。。。
1979年に半年ほどアメリカで暮らした事が有ります。
行った目的は・・ニューヨークで暮らして見たかったからです・・ニューヨークを肌で感じたかったからです。
ニューヨークは大都会ですから・・ある程度長く住まなければ・・ちょっと感じることはできません。
その点・・ポカラは・・そんなに長くいなくても感じる事が出来ると思います。
たぶん一週間・・いや・・4,5日でも味わう事が出来ると思います。
自分で云うのもヘンなんですが・・僕はけっこういろんな所を見て来ていますが・・なかなかポカラに勝てる所はないような気がします。
リゾートとしては・・ポカラは究極なんじゃないかと思います。
一度は行って見て下さい。
たぶん人生観が変わるかもしれませんよ。
右の写真・・2階の右角の部屋が・・僕が6年近くお世話になった部屋です。
昔はNirumara・ロッジって云う名前でしたが・・今はロッジを辞めて・・アパートにしているみたいですね・・オーナーは同じなんですが・・昔はこんな色じゃなかったですがね~。
目の前が湖で・・ロケイションは抜群です。
家賃は1年間200ドル・・ちょっと安いでしょ~・・これにはちょっと訳が有りまして・・オーナー(大変お世話になっている方です)に借財を頼まれちゃいました。
その当時の金額で2,000ドルです。
貸すという事は・・かえって来ませんので・・10年間・・部屋を借りると思って・・1年で200ドル・・そんな感じで・・2,000ドル前渡ししました。
実際は・・6年ぐらいしか居ませんでしたが・・その後・・パタヤで暮らすようになっても・・荷物はそのまま置いてありましたので・・十分元は取れたと思います。
ポカラ・・・本当に本当に素晴らしい所ですよ。。。
2012年6月4日月曜日
心の故郷・・・ポカラ
僕にとって・・ポカラは特別な場所です。
今から約30年前・・僕は、この場所に・・導かれるような感じでで連れて来られました。
日本を蒸発して・・とりあえずバンコクに入り・・インドかネパール・・どちらかに行くつもりでした。
カトゥマンドゥー・ネパール・・その響きの方が良かったので・・ただそれだけでネパールを選びました。
何の予備知識もなく・・ガイドブックもなく・・そんな感じでカトゥマンドゥーにやって来ました。
その日の夜に・・突然の高熱に襲われ・・歯が合わないぐらい震えながら・・ホテルで一夜を過ごしました。
次の朝・・熱も下がったので・・カトゥマンドゥーの街を散策しにホテルを出ました。
そこで・・一人のネパール人と知り合い・・彼がポカラの事を教えてくれました。
彼が勧めてくれた・・ポカラ・・とりあえず行ってみようと思い・・数日してからバスのティケットを買って・・ポカラに行く事にしました。
その当時のバスは・・インドのTaTaのバスで・・えらく時間がかかりました。
カトゥマンドゥー~ポカラの距離は200キロ位しかないんですが・・朝早くに出発して・・ポカラに着いたのは夕方近くだったような気がします。
10時間以上かかったような気がします。
バスは・・確かダムサイドの方に着いたと思うんですが・・一人の・・ロッジのおじさんが客引きに来ていて・・彼のロッジに連れていかれました。
彼は自転車で来ていて・・荷台に荷物を載せて・・彼に連れられて・・レイクサイドを歩きながら・・彼のロッジに向かいました。
30分以上歩かされましたが・・全然苦になりませんでした。
道の両サイドに・・たくさんのレストランやホテルが並んでいて・・・
ヨーロピアンのトゥーリスト達がたくさん歩いていて・・正直・・ビックリしちゃいました。
なんか・・キツネにつままれちゃった・・そんな感じです。
なんでこんな所に・・たくさんの人たちが・・世界は広いんだなあ~って・・そんな感じです。
なんか・・うれしくなって・・ワクワクしてきたのを・・今でも覚えています。
連れて行かれたロッジの場所が・・レイクサイドの外れの・・KHAHAREと云う場所です。
その後・・そこに部屋を借りて・・約6年ぐらい・・ポカラをベースに・・ネパールのハイシーズンには・・トレッキングをしたり・・ポカラで過ごし・・オフシーズンは・・アジアを中心に旅を続けました。
今・・思い出しても不思議でしょうがないです。
日本を蒸発するぐらいですから・・多少・・心を病んでいたんだと思いますが・・?
僕の場合は・・体もやんじゃっていました。
体は・・手と顔を除いて・・体中に湿疹が出来ちゃいまして・・原因は・・自分ではだいたい分かっていましたが・・ここで書くのは止しにしておきます。
湿疹については・・直すのは大変なので・・・
体を焼いちゃってカモフラージュしちゃおうと思い・・毎日・・湖で泳いで・・日光浴していました。
一か月ぐらいして・・だいぶいい色になってきて・・何とかごまかせるようになりました。
自分でやっていて・・マンガだなあ~て思いましたが・・何とかなっちゃいました。
食べ物も良かったんじゃないかと思いますが・・
ここポカラにある物は・・みんなナチュラルな物ばかりでしたから・・・
それと・・やっぱりツイテいたのかもしれませんね・・・・・
今から約30年前・・僕は、この場所に・・導かれるような感じでで連れて来られました。
日本を蒸発して・・とりあえずバンコクに入り・・インドかネパール・・どちらかに行くつもりでした。
カトゥマンドゥー・ネパール・・その響きの方が良かったので・・ただそれだけでネパールを選びました。
何の予備知識もなく・・ガイドブックもなく・・そんな感じでカトゥマンドゥーにやって来ました。
その日の夜に・・突然の高熱に襲われ・・歯が合わないぐらい震えながら・・ホテルで一夜を過ごしました。
次の朝・・熱も下がったので・・カトゥマンドゥーの街を散策しにホテルを出ました。
そこで・・一人のネパール人と知り合い・・彼がポカラの事を教えてくれました。
彼が勧めてくれた・・ポカラ・・とりあえず行ってみようと思い・・数日してからバスのティケットを買って・・ポカラに行く事にしました。
その当時のバスは・・インドのTaTaのバスで・・えらく時間がかかりました。
カトゥマンドゥー~ポカラの距離は200キロ位しかないんですが・・朝早くに出発して・・ポカラに着いたのは夕方近くだったような気がします。
10時間以上かかったような気がします。
バスは・・確かダムサイドの方に着いたと思うんですが・・一人の・・ロッジのおじさんが客引きに来ていて・・彼のロッジに連れていかれました。
彼は自転車で来ていて・・荷台に荷物を載せて・・彼に連れられて・・レイクサイドを歩きながら・・彼のロッジに向かいました。
30分以上歩かされましたが・・全然苦になりませんでした。
道の両サイドに・・たくさんのレストランやホテルが並んでいて・・・
ヨーロピアンのトゥーリスト達がたくさん歩いていて・・正直・・ビックリしちゃいました。
なんか・・キツネにつままれちゃった・・そんな感じです。
なんでこんな所に・・たくさんの人たちが・・世界は広いんだなあ~って・・そんな感じです。
なんか・・うれしくなって・・ワクワクしてきたのを・・今でも覚えています。
連れて行かれたロッジの場所が・・レイクサイドの外れの・・KHAHAREと云う場所です。
その後・・そこに部屋を借りて・・約6年ぐらい・・ポカラをベースに・・ネパールのハイシーズンには・・トレッキングをしたり・・ポカラで過ごし・・オフシーズンは・・アジアを中心に旅を続けました。
今・・思い出しても不思議でしょうがないです。
日本を蒸発するぐらいですから・・多少・・心を病んでいたんだと思いますが・・?
僕の場合は・・体もやんじゃっていました。
体は・・手と顔を除いて・・体中に湿疹が出来ちゃいまして・・原因は・・自分ではだいたい分かっていましたが・・ここで書くのは止しにしておきます。
湿疹については・・直すのは大変なので・・・
体を焼いちゃってカモフラージュしちゃおうと思い・・毎日・・湖で泳いで・・日光浴していました。
一か月ぐらいして・・だいぶいい色になってきて・・何とかごまかせるようになりました。
自分でやっていて・・マンガだなあ~て思いましたが・・何とかなっちゃいました。
食べ物も良かったんじゃないかと思いますが・・
ここポカラにある物は・・みんなナチュラルな物ばかりでしたから・・・
それと・・やっぱりツイテいたのかもしれませんね・・・・・
2012年5月23日水曜日
バスで行く・・カトゥマンドゥー~ポカラ
カトゥマンドゥー~ポカラ行きのバスは・・たぶん10社以上あると思います。
今回は・・昨年と同じGREENLINEを使いました。
このバス会社は・・ヒロ子さんが教えてくれて・・バスも・・けっこう綺麗だし・・ドライバーの運転も丁寧なので・・ポカラまでの約6~7時間の旅をエンジョイする事が出来ました。
途中・・2か所ほど休憩が有りますが・・どちらもなかなかオシャレな場所です。
カトゥマンドゥー~ポカラの距離は約200キロです。
200キロの距離に・・6~7時間はちょっとかかり過ぎなんですが・・道路が片側一車線で坂道が多く・・なかなか追い越しが難しいので・・仕方がないと思います。
ネパールの人たちは・・この道路をスーパーハイウエーと呼んでいます。
でも・・昔を知っている僕には・・分かるような気がします。
僕が初めてポカラに行った時も・・バスで同じ道を行きましたが・・その時に比べれば・・なんとなく・・スーパーハイウエーって云う呼び名が分かる気がします。
今から30年も昔の話になっちゃうんですよね~
とんでもない昔なんですが・・あまり感じないんですよね~。。。
僕は・・この道を・・何十回・いやそれ以上・・数えきれないぐらい往復しましたが・・いつ通っても・・飽きの来ない・・楽しいバスの旅だと思います。
昔は・・バスの荷台・・屋根の上に乗る事が出来ました。
中間地点を過ぎてカーブが少なくなったあたりから・・屋根の荷台に上がり・・ポカラまでいきました。
屋根の上からの景色は・・最高です。
今は・・もうそんな事はできません。
僕は・・いい時代に生まれ・・いい時代にいろいろな国を旅し・・自分で云うのもヘンなんですが・・とてもツイテいたと思います。
今は6~7時間・・昔は10時間たっぷり・・30年近く経っても・・あまり変わらない気もするのですが・・ネパールに来たら・・だいたいがこのペースで・・のんびり行こーよって感じです。
ネパール語で・・ビスタレ(ゆっくり)・・ここネパールに来たら・・ビスタレです。
でも・・ポカラに行く時・・行きか帰り・・どちらかは・・バスを使った方が楽しいと思います。
僕たちは・・帰りは飛行機で・・カトゥマンドゥーに戻りました。
今回は・・昨年と同じGREENLINEを使いました。
このバス会社は・・ヒロ子さんが教えてくれて・・バスも・・けっこう綺麗だし・・ドライバーの運転も丁寧なので・・ポカラまでの約6~7時間の旅をエンジョイする事が出来ました。
途中・・2か所ほど休憩が有りますが・・どちらもなかなかオシャレな場所です。
カトゥマンドゥー~ポカラの距離は約200キロです。
200キロの距離に・・6~7時間はちょっとかかり過ぎなんですが・・道路が片側一車線で坂道が多く・・なかなか追い越しが難しいので・・仕方がないと思います。
ネパールの人たちは・・この道路をスーパーハイウエーと呼んでいます。
でも・・昔を知っている僕には・・分かるような気がします。
僕が初めてポカラに行った時も・・バスで同じ道を行きましたが・・その時に比べれば・・なんとなく・・スーパーハイウエーって云う呼び名が分かる気がします。
今から30年も昔の話になっちゃうんですよね~
とんでもない昔なんですが・・あまり感じないんですよね~。。。
僕は・・この道を・・何十回・いやそれ以上・・数えきれないぐらい往復しましたが・・いつ通っても・・飽きの来ない・・楽しいバスの旅だと思います。
昔は・・バスの荷台・・屋根の上に乗る事が出来ました。
中間地点を過ぎてカーブが少なくなったあたりから・・屋根の荷台に上がり・・ポカラまでいきました。
屋根の上からの景色は・・最高です。
今は・・もうそんな事はできません。
僕は・・いい時代に生まれ・・いい時代にいろいろな国を旅し・・自分で云うのもヘンなんですが・・とてもツイテいたと思います。
今は6~7時間・・昔は10時間たっぷり・・30年近く経っても・・あまり変わらない気もするのですが・・ネパールに来たら・・だいたいがこのペースで・・のんびり行こーよって感じです。
ネパール語で・・ビスタレ(ゆっくり)・・ここネパールに来たら・・ビスタレです。
でも・・ポカラに行く時・・行きか帰り・・どちらかは・・バスを使った方が楽しいと思います。
僕たちは・・帰りは飛行機で・・カトゥマンドゥーに戻りました。
2012年5月11日金曜日
ネパールで一番お世話になっているホテルです。。。
今日は・・僕がネパールで一番お世話になっている方のホテルです。
HOTEL SUNSET VIEWです。
僕は・・このホテルのオーナーの方には・・本当に・・本当に・・お世話になりました。
たぶん・・この方がいらっしゃらなかったら・・今の僕はなかったと思います。
別に大げさに書いているわけではありません。
僕にとっては・・そのぐらい大きな出来事でした。
この事を書くと・・小説や映画が出来ちゃいそうなので・・いつか機会が有りましたら書きます。
ここのホテルの場所は・・カトゥマンドゥーと空港のちょうど中間あたりにあります。
街中からだと・・郊外になるのですが・・今では・・この辺も様変わりして・・建物、人、車・・凄い混雑です。
僕がネパールに行かなくなった10年で・・この国は・・ものすごい勢いで発展して行ったんだと思います。
このホテルをオープンしたのは・・確か・・今から20年ぐらい前だと思います。
前は・・カトゥマンドゥーの街中タメルから少し入ったところで・・ゲストハウスをしていました。
その後・・このお屋敷を購入なさって・・少しづつ増築を重ねて現在に至っています。
ここのホテルの庭は・・本当に素晴らしいです。
毎日・・庭師の方たちが一生懸命に世話しています。
こんなに大きな敷地なんですが・・部屋数は・・確か・・20なん部屋しかなかったと思います。
本当の意味での・・贅沢なホテルだと思います。
ここに居ると・・アの騒々しいかカトゥマンドゥーがウソのようで・・癒されます。
でも・・アのゴチャゴチャしたカトゥマンドゥーも・・カトゥマンドゥーらしくて・・僕は好きなんですがね~・・
ここのホテルは・・ご主人・・旦那様がネパール人で・・奥様が日本人です。
娘さんが二人いて・・二人ともアメリカに留学して・・大学、大学院と進み・・無事に卒業して・・次女は・・そのままアメリカに残り就職し・・長女は・・今カトゥマンドゥーに戻りホテルを手伝っているみたいです。
こちらも同じように・・ホッとしていると思います。
それとここでは・・手打ちそばを食べる事が出来ます。
打つのは・・ネパール人ですが・・富山県の戸隠に修業に行き・・しかっりと学んで来た人です。
そば粉は・・ご主人の生まれ育った山の村・・トゥクチェのそば粉を使った・・本物の手打ちそばです。
そば、めんつゆ、てんぷら・・なめちゃいけませんよ・・ちょっとビックリすると思いますが・・本当に美味しいです。
それと・・自家製のヨーグルト・・ちょっと酸っぱいので・・ハチミツをたっぷりとかけて食べます。
なんか・・いかにも・・体にいいって感じがします。
それと・・朝のビュフェーには・・自家製の納豆なんかもあります。
スタッフも古い人たちが多いので・・みんな少し日本語も喋れるし・・フレンドリーで・・とても安心していられるホテルです。
もちろん英語は・・みんな・・パーフェクトです。
HOTEL SUNSET VIEWです。
僕は・・このホテルのオーナーの方には・・本当に・・本当に・・お世話になりました。
たぶん・・この方がいらっしゃらなかったら・・今の僕はなかったと思います。
別に大げさに書いているわけではありません。
僕にとっては・・そのぐらい大きな出来事でした。
この事を書くと・・小説や映画が出来ちゃいそうなので・・いつか機会が有りましたら書きます。
ここのホテルの場所は・・カトゥマンドゥーと空港のちょうど中間あたりにあります。
街中からだと・・郊外になるのですが・・今では・・この辺も様変わりして・・建物、人、車・・凄い混雑です。
僕がネパールに行かなくなった10年で・・この国は・・ものすごい勢いで発展して行ったんだと思います。
このホテルをオープンしたのは・・確か・・今から20年ぐらい前だと思います。
前は・・カトゥマンドゥーの街中タメルから少し入ったところで・・ゲストハウスをしていました。
その後・・このお屋敷を購入なさって・・少しづつ増築を重ねて現在に至っています。
ここのホテルの庭は・・本当に素晴らしいです。
毎日・・庭師の方たちが一生懸命に世話しています。
こんなに大きな敷地なんですが・・部屋数は・・確か・・20なん部屋しかなかったと思います。
本当の意味での・・贅沢なホテルだと思います。
ここに居ると・・アの騒々しいかカトゥマンドゥーがウソのようで・・癒されます。
でも・・アのゴチャゴチャしたカトゥマンドゥーも・・カトゥマンドゥーらしくて・・僕は好きなんですがね~・・
ここのホテルは・・ご主人・・旦那様がネパール人で・・奥様が日本人です。
娘さんが二人いて・・二人ともアメリカに留学して・・大学、大学院と進み・・無事に卒業して・・次女は・・そのままアメリカに残り就職し・・長女は・・今カトゥマンドゥーに戻りホテルを手伝っているみたいです。
こちらも同じように・・ホッとしていると思います。
それとここでは・・手打ちそばを食べる事が出来ます。
打つのは・・ネパール人ですが・・富山県の戸隠に修業に行き・・しかっりと学んで来た人です。
そば粉は・・ご主人の生まれ育った山の村・・トゥクチェのそば粉を使った・・本物の手打ちそばです。
そば、めんつゆ、てんぷら・・なめちゃいけませんよ・・ちょっとビックリすると思いますが・・本当に美味しいです。
それと・・自家製のヨーグルト・・ちょっと酸っぱいので・・ハチミツをたっぷりとかけて食べます。
なんか・・いかにも・・体にいいって感じがします。
それと・・朝のビュフェーには・・自家製の納豆なんかもあります。
スタッフも古い人たちが多いので・・みんな少し日本語も喋れるし・・フレンドリーで・・とても安心していられるホテルです。
もちろん英語は・・みんな・・パーフェクトです。
2012年5月9日水曜日
いつも大変お世話になっているホテルです。。。
まず初めに・・タメルにあるホテルUTSEです。
タメルと云う場所は・・東京で云うと渋谷みたいな繁華街です。
たくさんのトゥーリストやカトゥマンドゥーの若い人たちの集まる場所です。
ここには・・たくさんのホテルやレストラン、土産物屋などがひしめき合っています。
そして夜になると・・パブやライブハウスなどもオープンします。
ここのホテルとの付き合いも・・大変長~い付き合いになります。
僕が初めて来た時・・今から30年ぐらい前ですが・・その時は・・タメルの中心でレストランをしていました。
とても有名なレストランで・・毎日たくさんのお客でごった返していました。
そして・・今から20年ぐらい前だと思いますが・・この場所に・・ホテルとレストランをオープンしました。
凄いですね~・・・!
僕は昔から知っていますので・・初めは小さなオープンレストランからスタートし・・少しずつお店を大きくして・・今では・・こんな立派なホテルとレストランを建てちゃいました。
僕の周りには・・たくさん・・素晴らしい・・良いお手本が有るのですが・・・
僕の場合は・・なかなかそのようにはいきませんね~・・・
でも・・とても幸せな人生を送らせてもらっています。
ここのホテルの経営者は・・チベットの難民の人たちです。
本当に裸一貫で・・チベットから逃れて来た人たちです。
僕は・・ここのご主人と奥さんの馴れ初めを聞いたことが有ります。
結婚式の当日まで・・ご主人にあった事がないそうです。
日本の昔と同じで・・親が決めた人と一緒になるそうです。
でも彼女が僕に言いました・・最高に素敵な人と一緒になれましたと・・今まで一度もケンカをした事がないそうです。
分かるような気がします・・本当にやさしい旦那さんなんです。
ここのホテルのご主人は・・あの有名なダライ・ラマのコックさんをしていたそうです。
昨年・・ダライ・ラマがアメリカのワシントンに行った時・・ご夫婦でアメリカに行ったみたいです。
彼らには・・息子さんと娘さん一人づついます。
息子さんは・・インドでTATA自動車でマネージャーをしているそうです。
娘さんは・・スイスのビジネススクールでホテルの事を学んで・・カナダのホテルで働いていたのですが・・昨年カトゥマンドゥーに戻ってきて・・UTSEを手伝っているみたいです。
彼女は・・カナダのナショナルティーを持っているのですが・・やはり親の事が心配で・・カトゥマンドゥーで暮らすみたいです。
お父さんもお母さんも大喜びだと思います。
ここの家族とは・・本当に親しくお付き合いさせてもらっています・・家族同士の付き合いです。
以前・・僕が住んでいたパタヤにも遊びに来てくれたし・・バンコクでもたびたびお会いしました。
僕にとっては・・大切な家族みたいです。
ここのホテルは・・白人にとても人気が有りますので・・ハイシーズンになると・・すごい込みようです。
分かるような気がします・・本当にフレンドリーで・・とても優しいです。。。
この次は・・僕が・・もっとお世話になったホテルとその家族についてを少し書きます。
チベットの鍋物で・・日本のすき焼きにちょっと似ています。
その他に・・焼き餃子とか・・食べ物も似ているのがたくさんあるのですが・・もっと似ているのが・・容姿です。
本当によく似ています。
まるで日本人と一緒ですね。
ネパールの山に住んでいる人ともよく似ています。
たぶん・・遠い昔・・日本人はこの辺りから来たんじゃないかとか・・いろいろと考えさせられました。
タメルと云う場所は・・東京で云うと渋谷みたいな繁華街です。
たくさんのトゥーリストやカトゥマンドゥーの若い人たちの集まる場所です。
ここには・・たくさんのホテルやレストラン、土産物屋などがひしめき合っています。
そして夜になると・・パブやライブハウスなどもオープンします。
ここのホテルとの付き合いも・・大変長~い付き合いになります。
僕が初めて来た時・・今から30年ぐらい前ですが・・その時は・・タメルの中心でレストランをしていました。
とても有名なレストランで・・毎日たくさんのお客でごった返していました。
そして・・今から20年ぐらい前だと思いますが・・この場所に・・ホテルとレストランをオープンしました。
凄いですね~・・・!
僕は昔から知っていますので・・初めは小さなオープンレストランからスタートし・・少しずつお店を大きくして・・今では・・こんな立派なホテルとレストランを建てちゃいました。
僕の周りには・・たくさん・・素晴らしい・・良いお手本が有るのですが・・・
僕の場合は・・なかなかそのようにはいきませんね~・・・
でも・・とても幸せな人生を送らせてもらっています。
ここのホテルの経営者は・・チベットの難民の人たちです。
本当に裸一貫で・・チベットから逃れて来た人たちです。
僕は・・ここのご主人と奥さんの馴れ初めを聞いたことが有ります。
結婚式の当日まで・・ご主人にあった事がないそうです。
日本の昔と同じで・・親が決めた人と一緒になるそうです。
でも彼女が僕に言いました・・最高に素敵な人と一緒になれましたと・・今まで一度もケンカをした事がないそうです。
分かるような気がします・・本当にやさしい旦那さんなんです。
ここのホテルのご主人は・・あの有名なダライ・ラマのコックさんをしていたそうです。
昨年・・ダライ・ラマがアメリカのワシントンに行った時・・ご夫婦でアメリカに行ったみたいです。
彼らには・・息子さんと娘さん一人づついます。
息子さんは・・インドでTATA自動車でマネージャーをしているそうです。
娘さんは・・スイスのビジネススクールでホテルの事を学んで・・カナダのホテルで働いていたのですが・・昨年カトゥマンドゥーに戻ってきて・・UTSEを手伝っているみたいです。
彼女は・・カナダのナショナルティーを持っているのですが・・やはり親の事が心配で・・カトゥマンドゥーで暮らすみたいです。
お父さんもお母さんも大喜びだと思います。
ここの家族とは・・本当に親しくお付き合いさせてもらっています・・家族同士の付き合いです。
以前・・僕が住んでいたパタヤにも遊びに来てくれたし・・バンコクでもたびたびお会いしました。
僕にとっては・・大切な家族みたいです。
ここのホテルは・・白人にとても人気が有りますので・・ハイシーズンになると・・すごい込みようです。
分かるような気がします・・本当にフレンドリーで・・とても優しいです。。。
この次は・・僕が・・もっとお世話になったホテルとその家族についてを少し書きます。
チベットの鍋物で・・日本のすき焼きにちょっと似ています。
その他に・・焼き餃子とか・・食べ物も似ているのがたくさんあるのですが・・もっと似ているのが・・容姿です。
本当によく似ています。
まるで日本人と一緒ですね。
ネパールの山に住んでいる人ともよく似ています。
たぶん・・遠い昔・・日本人はこの辺りから来たんじゃないかとか・・いろいろと考えさせられました。
2012年5月4日金曜日
カトゥマンドゥー…二日目。
カトゥマンドゥーの二日目です。
その前に全然違う話なんですが・・一昨日・・6か月ぶりにコースに行ってきました。
ごめんなさい・・ゴルフの話です。
バイクでこけて・・骨を折ってから・・じっと我慢の子でした。
無事・・18ホール・・歩いて回れました。
やはり・・気持いいですね~。。。
朝起きて・・まずはチャイです。
街中のチャイ屋さんで・・チャイを一杯飲んで・・
スワヤンブーまで散歩です。
泊っている・・ホテルUTSEから・・歩いて30分ぐらいの所にあります。
モンキーテンプルとも呼ばれていて・・たくさんのサルたちが住んでいます。
このお寺は・・一つの山全体が寺になっていて・・頂上に仏塔と寺院等があります。
毎朝・・夜明け前から・・たくさんのチベット人の人たちが・・山の周りを・・何回も何回もまわっています。
昔、僕もカトゥマンドゥーに居る時は・・いつも朝早く起きて・・散歩がてらに・・彼らと同じように・・山の周りを回っていました。
もし機会が有って・・カトゥマンドゥーに行かれたら・・このお寺・・スワヤンブーテンプルに・・朝早くに行かれて見てください・・ものすごい数の人たちに・・ビックリすると思いますよ・・それも毎日ですよ・・本当にすごいと思います。
僕もいる間は・・毎日毎日行っていましたので・・よく知っています。
スワヤンブーを後にして・・街の中心ダルバースクエアーへと歩いていきます。
カトゥマンドゥーにに来るとよく歩きます・・本当によく歩きます。
また・・歩かないとカトゥマンドゥーは面白くないです。
道が狭くて・・ゴチャゴチャしていますので・・歩くのが一番です。
それと歩いていると・・カトゥマンドゥーの人たちの活気とかが・・肌で感じることが出来て・・うれしくなっちゃうんですよね~・・数えきれないぐらいに来ている僕でも・・いつも同じなんですよね~。
歩いていると・・こういう人たちとも遭遇できます。
この人たちはサドゥーと云って・・ヒンディーのお坊さんたちです・・写真を取って・・そのまま・・そこを立ち去ったら・・後を付けてきて・・お金を請求されました。
たぶん来ると思っていたんですがね・・・
とにかく・・街中を歩きまわっていると面白いです。
ぜんぜん飽きないです。。。
このあと今日は・・カトゥマンドゥーで大変お世話になっている方が経営しているホテルに行き・・一緒に食事に行く予定です。
その方の経営しているホテルは・・とても素晴らしいホテルです。
ある意味では・・カトゥマンドゥー・・イチだと思います。
ホテルについては・・またあらためて書きます。
今日はこの辺にしておきます。
その前に全然違う話なんですが・・一昨日・・6か月ぶりにコースに行ってきました。
ごめんなさい・・ゴルフの話です。
バイクでこけて・・骨を折ってから・・じっと我慢の子でした。
無事・・18ホール・・歩いて回れました。
やはり・・気持いいですね~。。。
朝起きて・・まずはチャイです。
街中のチャイ屋さんで・・チャイを一杯飲んで・・
スワヤンブーまで散歩です。
泊っている・・ホテルUTSEから・・歩いて30分ぐらいの所にあります。
モンキーテンプルとも呼ばれていて・・たくさんのサルたちが住んでいます。
このお寺は・・一つの山全体が寺になっていて・・頂上に仏塔と寺院等があります。
毎朝・・夜明け前から・・たくさんのチベット人の人たちが・・山の周りを・・何回も何回もまわっています。
昔、僕もカトゥマンドゥーに居る時は・・いつも朝早く起きて・・散歩がてらに・・彼らと同じように・・山の周りを回っていました。
もし機会が有って・・カトゥマンドゥーに行かれたら・・このお寺・・スワヤンブーテンプルに・・朝早くに行かれて見てください・・ものすごい数の人たちに・・ビックリすると思いますよ・・それも毎日ですよ・・本当にすごいと思います。
僕もいる間は・・毎日毎日行っていましたので・・よく知っています。
スワヤンブーを後にして・・街の中心ダルバースクエアーへと歩いていきます。
カトゥマンドゥーにに来るとよく歩きます・・本当によく歩きます。
また・・歩かないとカトゥマンドゥーは面白くないです。
道が狭くて・・ゴチャゴチャしていますので・・歩くのが一番です。
それと歩いていると・・カトゥマンドゥーの人たちの活気とかが・・肌で感じることが出来て・・うれしくなっちゃうんですよね~・・数えきれないぐらいに来ている僕でも・・いつも同じなんですよね~。
歩いていると・・こういう人たちとも遭遇できます。
この人たちはサドゥーと云って・・ヒンディーのお坊さんたちです・・写真を取って・・そのまま・・そこを立ち去ったら・・後を付けてきて・・お金を請求されました。
たぶん来ると思っていたんですがね・・・
とにかく・・街中を歩きまわっていると面白いです。
ぜんぜん飽きないです。。。
このあと今日は・・カトゥマンドゥーで大変お世話になっている方が経営しているホテルに行き・・一緒に食事に行く予定です。
その方の経営しているホテルは・・とても素晴らしいホテルです。
ある意味では・・カトゥマンドゥー・・イチだと思います。
ホテルについては・・またあらためて書きます。
今日はこの辺にしておきます。
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